- くぼたつはモンゴルラリーにオフィシャル・インターネットサポートとして参加することになりました。
- 今回の原稿はその直前にくぼたつがインターネットを活用しながら、モンゴルでも活動目的とその情報準備をいかに備えたかを交えて書き上げているものです。つまりいつまでも、ビジネス、ビジネスと金儲けばかりに気を取られていないで、たまには熱き冒険計画と最新デジタルとしてのインターネット情報検索をここでご披露しようと言うものです。
- 概略としては以下の通りになるのですが、以下のように旅の準備をそのままお伝えしようという趣向ですので、そのつもりでお読み下さい。
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- 【電子メールの恩恵】
- まずは友人100人ほどに一斉メッセージとして旅立ちをつげるメール送信しました。その結果数十人からモンゴルに関する最新情報や注意事項が送られてきました。なかには非常に貴重な事前情報まで入っていたのですが、我ながらオンラインの情報力には敬服しました。
- くぼたつからのメッセージです、このメッセージは友人の方々にBCCしているものです。
7月17日から8月2日まで、10日間で全長コース5000KM走破、
ゴビ砂漠など難所で有名なラリーレイドです
- モンゴルラリーに関する情報は以下のサイトにございますので参照して下さい
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- 開催概要
- 1997年モンゴルラリー記録
通信環境はイーマルサット(のぼり2400k)なのでテキストデータ以外は帰国後アップとなります
僕にとってラリーというよりもむしろ関心はモンゴルそのものです。
モンゴル民族はゲル(家)をかついで食料の場に移動しながら生活基盤を形成しています。
つまり農耕など人間中心に大地を加工するわけではない生き方があるということです。
地球ともっとも共生する事に成功した騎馬民族には多くの学ぶことがあるはずだ、
そう思えてならないのです
騎馬民族の習慣に身を投じることで21世紀の生き方のヒントが見えてくるのではないか?
かつて広大な遠征をおこなったチンギスハンはその情報力からして
ネットワーカーとして超越した能力や文明を持ち合わせていたはず、それは何か?
そんなことを知りたくて行って参ります。
- 帰国しましたらまたご連絡します。
- 【ホームページ情報】
- モンゴルに関してははっきり言って素人なので、とりあえず本屋に行ってみたのですが、なかなか最新のモンゴル情報や個人からの旅・現場情報が得られませんでした。時間があれば図書館などを利用して書籍文献を読みあさるのが妥当なのですが、なかなかそうは時間がとれず、出発間際まで事前情報を入手する事すらできない状態でしたが、5時間ばかりホームページからキーワード検索で「モンゴル」とサーチかけて96件のまとまった情報を簡単に得ることができました。
- そのなかでもよくまとまっている情報源をピックアップしてリンク集を作っておきました
- こうしておくことで、なにか知りたいことがあった場合でも即座に対応できるのです。たとえばいざというときゴビ砂漠の真っ直中でも、イーマルサット衛星回線を使って情報を読み出すことができます。そうですねえ、遭難対応もそうですが、それはそれ相応の準備があるので、たとえば天候が異常に荒れ始めたときの天気予報情報や恐竜化石の歴史的発見をした場合に学者にデジタル写真を転送して確認してもらうといったことがそれに当たるでしょうか。
- モンゴルに関するリンク集
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- モンゴル関連リンク集
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- ●基本リンク
- ・総合編まじめ系http://www.kiku.com/electric_samurai/virtual_mongol/links_j.html
- ・総合編エンジョイ系http://www.netlaputa.or.jp/~SHAGAA/wwwlink/wwwlink.htm
- ●特別編
- ・モンゴルのことが詳しく日本語で載っている情報誌
- http://www.netlaputa.or.jp/~SHAGAA/
- ・「旅行プラン」
- 馬に乗りたい?
ラクダに乗りたい?
トナカイに会いたい?
釣りがしたい?
平らな草原?
大砂丘?
モンゴル横断?縦断?
グループ旅行?
モンゴル式の結婚式
- ・一人でモンゴルに旅する方法
- http://www.netlaputa.or.jp/~SHAGAA/tour/person/person.htm
- ・帰国したら、武勇伝を話す最高の環境「日本で食べられるモンゴリアン料理店」
- http://www.netlaputa.or.jp/~SHAGAA/spot/spot.htm
- ・モンゴルにハマッタ時に思いあまって行くところ「モンゴル留学」
- http://www.netlaputa.or.jp/~SHAGAA/photo/study.htm
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- モンゴルに行く僕なりの目的と疑問に対して上記のサイト情報からいくつかピックアップしてみました。
- 以下の事項はその一部なのですが、このようなアカデミック情報や現地体験情報があるのとないのとでは現地にこれから初めて向かう立場にとっては大きな違いができてきます。たとえば、ゴビ砂漠にはたくさんの恐竜の化石があるとか、北海道と同じような気候で温度差が激しいとか、モンゴル国自体が1992年からは議会制を導入して、日本や民主主義に近づく努力をしている最中だとか騎馬民族というよりも遊牧民族というが歴史的に見て本来同じ種族文化であることのなどの事柄です。
- ここにいくつか、僕の目的、疑問とその情報からの抜粋を上げておきます
- ●「モンゴルでは風が見える」とはどういうことなのか?それを肉眼で確認したい、それをビデオで記録することに挑戦してみる。
この写真が物語るように切り立った岩山に上昇気流が発生し、霧状雲ができる様を意味しているのかもしれない、がしかし本当はもっと詩的なのだろう、と創造する。草のにおいのする国とはいえ、草原と山岳と砂漠があるからにはそれぞれの風が見えるのかもしれない。
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なぜチンギスカンは天才とはいえたった一人の男に広大なユーラシア大陸全土を統一し得たのか?その情報管理の方法は?もしかしたらネットワーカーの天才だったのではないか?
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- チンギスカンに関する情報というよりも、もし自分が彼だったら世界統一はできたのだろうか?それをシュミレーションすることでなにかを発見できるかもしれない。ということでシュミレーションゲームのありかを見つけました。残念ながらトライする時間が無く、帰国後の検証となりますが、こうしてみること自体がたまらなく楽しいのです。チンギスカンになれるようで・・・
- チンギスカンになりきれるシュミュレーションゲーム
- 蒼き狼と白き雌鹿:オルドによって子どもを作れるシステムが話題となったモンゴル編から世界編へのシナリオ移行も魅力。光栄
元朝秘史:蒼き狼と白き雌鹿の続作、国によって雇える部隊が違い戦闘シーンの立体さに感動を覚えた。光栄
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- 蒼き狼 -
チンギスハーン、大モンゴル帝国の話題が中心。また歴史ゲームの批評、エヴァンゲリオンやトレーディングカードの話題も。
- http://www.top.or.jp/~graywolf/gaheisyu.html
- より
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- ●チンギスカン時代の情報伝達はこうだったという文献を2点発見したので紹介します
1,蒙古騎兵:
モンゴルという土地柄からモンゴル民族は幼少のころより馬に慣れ親しみ、生きていくためにに動物を狩るわけだがそれが自然と戦闘訓練となっていく。このようなモンゴルの日常生活すべてが全世界を震撼させた蒙古騎兵の原動力となっている。モンゴルの馬の特徴として、日本の木曽馬みたいな小柄な体で持久力のある強靱な力と機動力を兼ね備えており騎兵の馬にはうってつけであった。また装備にしても生活に密着した兵科なので封建的騎士や武士のような不合理に着飾りすぎず機動性に富む寸分の隙のない装備をしていた。この差が元寇やワールシュタットの戦いで発揮されるわけである。基本的に北方騎馬民族は頭が弱いとか言われているがモンゴル軍は各地の有能な文化を吸収し戦術を進化させていったのでその考えは当てはまらない。戦国時代の島津軍の十八番だった釣り野伏せ顔負けのことを400年前にすでに行っているのだから。
2,
- ゴビは広大な草原と砂漠の地で、そこでの旅はまるでロールプレイングゲームを現実にフィールドでやっているような楽しさがある。この旅の話は、1994年9月に私がモンゴルのゴビに恐竜化石産地の地質調査に行った時のことを書きつづったものです。
- 夕食をとっていると、いま別れた彼ら10余人が馬に乗って現れ、またいっしょに飲もうという。その場で、夕食が酒盛りとなった。サンペルガバは男たちの身勝手にいやな顔をした。
- 酒が足らなくなったと言って青年が馬に乗って彼らのゲルにアルヒをとりにいった。彼はあっと言う間に戻ってきた。
「チンギスハーンの兵士だ。」
と、トゥンバイヤーが言った。
- 馬に乗った兵士は、チンギスハーンの情報戦略の重要な役割をおっていた。彼らと馬がいたから、情報伝達の手段のほとんどなかったあの時代に、モンゴル帝国は他を征してヨーロッパにまでおよぶ広大な領土を占領し、支配することができたのである。
- モスクワには「アルバート通り」という名の通りがある。これはモンゴル語の「10」という意味で、モンゴル帝国がモスクワを占領した時に、この通りに第10分隊が置かれたことからその名前がついたらしい。ソ連は、モンゴル人民共和国樹立後に、モンゴルの人々がモンゴルの英雄チンギスハーンの名を語ることを禁じた。なぜならば、ロシア人にとってチンギスハーンは侵略者以外の何者でもなかったからである。
- 地方の博物館では現在でも、モンゴルの歴史の中にモンゴル帝国の展示はなく、石器時代からすぐに清の支配の時代ないし革命の時代になるところが多い。モンゴルの人々がチンギスハーンの名を自由に口に出せるようになったのは、私が以前に訪れた1989年頃からである。
- ゴビ砂漠上空

- ゴビの恐竜化石と遊牧民
1995年 柴 正博 より
- また上記の情報内容には以下の疑問に答えてくれるようなヒントがありました
- ●1Mのイトウがヒットするというのは本当なのか?とりあえず挑戦する
- ●遊牧民族と騎馬民族 地球環境に一番悪さをしない国民NO.1モンゴルの遊牧生活とはどういう生活なのか?
- そしてそれに対比するようにユーラシア大陸を股に掛け征服した、蒼き狼「チンギスカン」とはいったいどんな環境にいたのか、また現代の遊牧民族にその騎馬民族の獰猛な痕跡はあるのだろうか?
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- ●ゴビ砂漠は恐竜がたくさん発見されるのはなぜか?化石を発見することに挑戦する
- モンゴルの恐竜化石

- http://www.dino.or.jp/mongol/intro.html
- ●満天の星、星の方が多い夜空とはどういういことなのか?
- 例のあのヘール・ボップ彗星はまだ見えるのか?
- ヘール・ボップ彗星の情報

- *北西の空30度弱に見えたとある
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- ここまでの資料検索とまとめるまでの所要時間は合計5時間12分でした
- ・情報検索
- ・情報読み込み
- ・情報抜粋
- ・情報編集
- ・原稿書き時間
- ・ホームページ制作
- ・ホームページのインターネット公開
- やはり使うことができればインターネットは便利ですね。
- 次回号にはこの続きがどうなったかの、モンゴル冒険記報告となりますので、引き続きご購読下さい。
- では行って参ります。